~在宅医療への想い~
1. 血液専門医にどうしてなったか
白血病をはじめとする血液疾患は、私にとって子供の頃から身近なものでした。これは父が血液内科が専門で、自宅には関連する医学書が多くあったからです。しかし、血液内科を専門として選んだのは親の影響ではありません。私は医学部に入学する前から分子生物学に興味を持っており、医学の基礎研究に携わりたいと考えていました。そのため、分子生物学的な研究が進んでいた血液疾患分野を選択したのです。
研修医を終えた後、大学院、研究所、そして一時期の臨床を経て、米国ミシガン大学での研究留学に至りました。研究では一定の成果を収めましたが、研究内容と患者さんの治療との間に距離を感じるようになり、血液内科の診療に戻る決断をしました。血液内科の病棟で化学療法や骨髄移植治療に従事し、日本血液学会の血液専門医資格を取得しました。
基礎研究で培った分子生物学の知識は、血液内科で白血病の遺伝子異常を理解するのに役立っています。
2. 抗がん剤、化学療法の専門家として
私は血液内科医としての経験を活かし、固形がん(白血病以外のがん、例えば肺がんや胃がん)の治療にも関わる腫瘍内科医として専門を広げました。大学病院では主に乳がんや大腸がんの抗がん剤治療を担当し、日本臨床腫瘍学会のがん薬物療法専門医の資格を取得しました。
化学療法は副作用がほぼ必発ですが、期待されるがん治療効果が必ずしも得られるとは限りません。患者さんやご家族は身体的、精神的に大きなストレスを感じることが多いです。当院では生活面でのアドバイスも含め、患者さんのご相談に乗っています。
化学療法は基本的に病院で行うのが安全ですが、病院の医師との連携のもとホルモン剤や内服の抗がん剤の処方にも対応しています。またジーラスタなどのG-CSF製剤や抗生剤(内服、点滴)投与、吐き気止めなどの支持療法も行っています。
3. 緩和ケアを専門的に学ぶ
大学病院で腫瘍内科医としてがん患者さんと日々向き合う中で、痛みや呼吸苦、吐き気など、生活の質(QOL)を低下させる症状が大きな問題となっていることに気づきました。当時は緩和ケアは主にホスピスや緩和ケア病棟で行われるという考えが一般的でしたが、今日では内科医による麻薬処方も広く行われています。
緩和ケアの最先端治療を学ぶため、国立がん研究センターの緩和ケアチームへ国内留学をしました。ここで病院内チーム医療の一環としての緩和ケアを学びました。その後、がん研有明病院の緩和ケア病棟への国内留学を経験しました。これは私にとって初めての経験であり、通常の病棟とは異なり看護師数が多く、担当看護師が患者さんに密着して緩和ケアを行う姿が印象的でした。
そして大学病院に戻った後、緩和ケアチームの一員として勤務しました。緩和ケアに関する知識は以前からありましたが、がん専門病院で緩和ケアの実際を学んだことで、より自信を持って診療に当たることができるようになりました。
現在は訪問診療医として、在宅での緩和ケアが一般的になっていることを感じています。当院では在宅での麻薬の皮下注射もポンプを用いて行っています。患者さんやご家族の希望や事情に合わせて、在宅でもホスピスでもと療養場所を選べるようになったのは、よいことだと思います。
4. 認知症専門医へ
練馬区で訪問診療中心のクリニックを開業し、在宅医療に携わる中で、認知症が高齢者医療の大きな課題であることに気づきました。特にアルツハイマー型認知症の発症頻度が高く、脳内のアミロイド蓄積が原因とされていますが、根本的な治癒や症状の改善は依然として困難です。
認知症の発症には遺伝的要因が関与している点ががんと共通しており、表面的には似た症状を呈していてもその原因遺伝子が異なるという事実に興味を持ちました。そこで認知症について専門的に学び、日本認知症学会の認知症専門医の資格を取得しました。
2023年にはアルツハイマー病の原因物質を取り除く新薬が発売されましたが、この薬の効果は症状の進行を遅らせる程度に留まっています。
在宅医療では、患者さんの自尊心や意向を尊重しながら、安全で快適な日常生活を送れる環境の整備が重要です。認知症の行動と心理症状(BPSD)が問題になる場合には、適切な薬物療法を行います。それでも在宅での生活が困難な場合には、入院しての診断と治療を行うこともあります。
5. ケアマネージャー資格取得
サービスは医療系と介護系に分かれており、医療は訪問診療医、介護はケアマネージャーが指示を行います。患者さんはこれらの指示に基づいたサービスを受けることになりますが、訪問診療医とケアマネージャー間の連携が常に十分であるとは限りません。
医師とケアマネージャーは異なる専門性とバックグラウンドを持っており、特に医師は介護保険制度に関する知識が不足していることがあります。これは、勤務医の場合、日常的に介護保険やケアマネージャーと接する機会が少ないことが一因です。
この知識不足が介護サービス提供者に負担をかけることがしばしばあります。そのため、私は介護保険制度について学び、ケアマネージャー資格を取得しました。ケアマネージャーとしての実務経験はありませんが、この資格はケアマネージャーとの意思疎通をスムーズにするのに役立っています。